一見から「馴染み」へ外す
町や通りには遺跡や名所に交じって、色々な小店が点在しています。どの店で食べるか、買うかは、京都の旅においては重要課題といえましょう。そこで、提案です。定番、流行、行列をてがかりに未知の店を転々とする一見(いちげん)さんから、そろそろ卒業して、馴染みの小店の常連さんへはずしてみてはいかがでしょうか。はずすには、同じ店に何度か足を運ぶだけでいいのです。2回目からが常連の始まりです。
普通の人は、初めての店に入ると、緊張して細部までしっかり把握するのは難しいものです。2度、3度足を運べば、馴染んできて細かいところまで見当がついてきます。さらに古い小店はコンビニとは違って、何世代もの店主の歴史を背負って生きている当主が、気を入れて家業を継いでいるものですから、内に秘めた思いは並々ならぬものがあります。このように奥が深い店の魅力を店主から引き出すことは一見ではできません。店と店主をリスペクトして、何度か足を運ぶうちに、一定の距離は保ちつつも、お互いになんとなく見知っているという安心感が醸成され、これがつきあいの基本となります。そして、また来てくれましたね、という店主の感謝の気持ちが、ほっこり伝わってきたり、ちょっとしたおまけやお得情報の提供へと、つながっていくのです。
折箱屋「谷為」
私は二条通りの散歩の途中で、創業百余年の折箱屋(谷為)を見つけ、ハイキング用にとりあえず、数個買いました。今となっては、珍しい木製の折箱は、店主の手によってひとつひとつ丁寧に作られています。ごはんやおかずの湿気を適度に吸ってくれる折箱で食べる弁当は、いつもよりおいしいと感じ、二度目に行った際に、そのことを告げたところ、店主は折箱に使用する材料やサイズの違いを説明してくれた後に、私に一番ふさわしい折箱はこれ、と勧めてくれました。三度目には、まとめて1ダースほど買ったのですが、百年前からずっと使っている地下の珍しい作業所をのぞかせてくれました。爾来、年に2.3回は出向くようになりました。
「UNIT」
若くて繊細な店主が営む新しい小店も、何度か足を運んで、商売の哲学や商品への思いを聞き、お客として買ったものについて、リスペクトの念を持って感想を述べる、というキャッチボールを通して、店の創造力への理解が深まっていくものです。二条木屋町に、毎シーズン伺う、メンズ・カジュアルウェアのお店(UNIT)があります。ここには、自転車に乗る、ということを想定したワードローブが、靴から服、バッグ、帽子までトータルで揃っています。自転車の町、京都ならではのコンセプトです。デザインテイストが店主の目でふるいにかけられているので、どれを組み合わせても、だいたいうまく合うようになっています。店主曰く、どんなにデザインセンスがない人でも、うちの服なら着こなせます。しかも、すべて洗濯機で洗え、アイロン不要、手間いらずです。三々五々訪れる自転車愛好家は、店主が淹れたコーヒーを飲みながら小1時間は歓談していきます。ただ服を売るのではなく、自転車愛好者のためのサロンとして、人と人とのつながりをつくっていく、新しいコミュニティビジネスの一環を、店主は目指しているように思われます。
一遍行ったらもう行かない、もっと新しいところ、まだ知らないところに行く、というのでは、いつまでたっても京都は深まりません。京都に行ったら必ず立ち寄る馴染みの小店をいくつか持ってみましょう。エッ、もうやっていますか。では、さらにやってみましょう。奥は深~いのです。
(2017年11月22日)